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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)99号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 本願発明について

1 成立に争いのない甲第二号証、第三号証によれば、昭和六一年四月二五日付け手続補正書によつて補正された本願公告公報には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(一) 技術的課題

(1) 本発明は、磁気記録に使用されるビデオ用又はオーデイオ用磁気ヘツド等の磁気ヘツド、磁気シールド、変成器及びその他の磁気装置に用いられる優れた実効透磁率を有する非晶質合金に関するものである。(甲第二号証第一欄一五行ないし一九行)

(2) 最近、非晶質合金において含有されるCoとFeの原子比が九四対六附近の極近傍におけるCo、Fe、Si及びBによりなる組成の非晶質合金は磁歪が〇附近になり、実効透磁率が高いことが知られているが、急冷したままの状態で実効透磁率の高い組成範囲は非常に狭く、製造上再現性が悪く、さらに実用上充分な硬度が得られないなどの欠点を有していた。

本発明は上記の点に鑑み、高硬度で機械的特性に優れ、さらに、組織的に広範囲にわたつて高実透磁率を示し、製造上の再現性が著しく改善された高実透磁率非晶質合金を提供することを目的とする。(同第三欄二行ないし一五行)

(二) 構成

(1) 特許請求の範囲(本願発明の要旨)記載の構成の採用

(2) 本発明非晶質合金における組成比の限定理由は以下の如きである。まずB及びSiは非晶質組織とすることを助成する元素であるが、これらのうち少くとも一種の含有量が一五原子%未満の場合、三五%以上の場合あるいはSiが二五原子%を越える場合では、非晶質合金の製造が困難なばかりか高実効透磁率をもつことが不可能になるのでこの範囲とした。

またNbの含有量をCo、Fe、Nbの合計含有量〇・五~一〇原子%としたのは、〇・五原子%未満では実効透磁率の増加保磁力減少という効果が得られず、一〇原子%を越えると、非常に脆くなり実用上使用困難となり、さらに実効透磁率の急減および保磁力の増加の原因となるためこの範囲とした。このことは、(Fe0.06Co0.94-aNba)75Si10B15においてNbの含有量aに対する実効透磁率(μ1KHz)および硬度(Hv)を調べた第1図および第2図(本判決別紙本願発明図面第1図及び第2図)からも明らかである。

さらに、TとしてCoおよびFeを含む場合Feの含有量を、Co、Fe、Nb合計含有量の三~八原子%とすることにより実効透磁率および保磁力などの磁気的特性や、硬度などの機械的特性が改善されるというものである。このことは(Co1-a-cFecNba)75Si10B15についてFeおよびNbの含有量に対する実効透磁率(μ1KHz)を調べた第3図(本判決別紙本願発明図面第3図)からも明らかな如く広範囲の組成比において常に優れた実効透磁率を示すことが明らかである。(同第三欄二四行ないし第四欄一四行)

(3) 第1図乃至第2図は本発明に係る非晶質合金のNb含有量に対する諸特性例を示す曲線図、第3図は本発明に係る非晶質合金のCo、FeおよびNbの含有量に対する実効透磁率を示す曲線図。(同第六欄三二行ないし三五行)

(三) 作用効果

(1) 第1表(本判決別紙本願発明第1表)から明らかな如く、本発明に係る優れた実効透磁率を有する非晶質合金は、実効透磁率および保磁力などの磁気的特性および硬度などの機械的特性について広範囲の組成比に亘つて優れた性能を有することが明らかである。特にFe含有量を三~八%とした実施例一乃至四では、一層磁気的特性および機械的特性が改善される。(同第五欄二二行ないし二八行、甲第三号証)

(2) 本発明に係る優れた実効透磁率を有する非晶質合金は透磁率などの磁気的特性に優れ、かつ高硬度であるため耐摩耗性などが向上し磁気ヘツドなどの磁気装置に極めて有効なものと言える。

さらに製造工程においても、原料金属を急冷した状態で、熱処理を施すことなく優れた特性を有し、また原料金属の組成比も広範囲に亘つて優れた特性を示すなど再現性に優れ工業上有効なものと言える。(甲第二号証第五欄三五行ないし第六欄三〇行)

2 右事実によれば、本願発明は、優れた実効透磁率を有する非晶質合金に関するものであつて、高硬度で機械的特性に優れ、さらに組織的に広範囲にわたつて高実効透磁率を示し、製造上の再現性が著しく改善された高実効透磁率非晶質合金を提供することを目的とするものであり、特許請求の範囲(本願発明の要旨)記載の構成を採用することにより、第1表(本判決別紙本願発明第1表)から明らかなごとく 実効透磁率および保磁力などの磁気的特性および硬度などの機械的特性について広範囲の組成比に亘つて優れた性能を有し、特にFe含有量を三~八%とした実施例一乃至四では、一層磁気的特性および機械的特性が改善されることが認められる。

もつとも、第1図及び第2図(本判決別紙本願発明図面第1図及び第2図)によれば、(Fe0.06Co0.94-aNba)75Si10B15において、Nbの含有量を〇%から一〇%まで変化させていくと、硬度についてほぼ直線状に増加するが、実効透磁率については、二%前後において最も高くなる山型をなし、八%を超えるとNbを含有しない場合よりも低下すること、また第3図(本判決別紙本願発明図面第3図)によれば、Co九一・五%、Fe六・〇%、Nb二・五%の位置を頂点として九〇〇〇、七〇〇〇、五〇〇〇、三〇〇〇という実効透磁率の値を示す曲線が楕円形状に描かれているが、本願発明の特許請求の範囲第一項の場合は、Nbが〇・五%ないし一〇%であつて、しかも、CoとFeの少なくとも一種を含有すればよく、その比は特に限定もないという広い範囲の組成を含んでおり、第3図の三角形の外である本願発明の組成の範囲では、実効透磁率がどの程度か明らかではない。

三 引用例について

1 一方、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例には、引用発明(引用例記載の発明)の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(一) 技術的課題

(1) 引用発明は、磁気ヘツド用合金とその製造方法に関し、特に引用発明は、Coを主成分とする磁歪が少なく耐摩耗性の大きい磁気ヘツド用非晶質合金とその製造方法に関するものである。(甲第四号証第三頁左上欄一二行ないし一五行)

(2) 引用発明は、磁歪および保磁力が小さく、良好な角形ヒステリシス特性を有し、非晶質化が容易で、結晶化および磁気変態温度が高く、硬度が高く、耐摩耗性に富み、かつ成形加工が容易な高密度磁気記録に適する磁気ヘツド用非晶質合金とその製造方法を提供することを目的とするものである。(同第三頁右下欄一一行ないし一六行)

(3) 引用発明者らは、先に発明して特許出願した高透磁率アモルフアス合金(特開昭五〇―一五一〇号)および高透磁率アモルフアス合金の磁気特性改善方法(特開昭五〇―一五〇九号)につき、磁気特性をさらに向上させると共に、耐摩耗性を向上させて磁気ヘツドに適する合金とするため種々研究を行なつた結果、引用発明の成分組成を有する合金溶湯を超急冷して、非晶質化することにより、…‥極めて優れた磁気特性を付与することができると共に、この非晶質合金は磁気テープとの高速接触時の摩耗が極めて少ないこと、すなわち引用発明の成分組成を有する非晶質磁性材料を用いた磁気ヘツドは優れた磁気特性と共に、従来の非晶質合金では知られていなかつた優れた耐摩耗性を示し、これを用いた磁気ヘツドは特に高密度記録用として優れたものであることを新規に知つた。(同第四頁左上欄一七行ないし右上欄一四行)

(二) 構成

(1) 原子比率でFe三~七%、Si二五%以下、B七~三〇%を含み残部実質的にCoよりなる磁歪が小さく耐摩耗性の大きい磁気ヘツド用非晶質合金。(特許請求の範囲第一項)

(2) 原子比率でFe三~七%、Si二五%以下、B七~三〇%、Cr、V、Mo、W、Ti、Zr、Nbのうちから選ばれる何れか少なくとも一種を原子比率で一〇%以下を含み残部実質的にCoよりなる磁歪が小さく耐摩耗性の大きい磁気ヘツド用非晶質合金。(同第六項)

(3) 引用発明の合金の成分組成範囲を限定する理由を述べる。

Feは三%より少ないとき、および七%より多いときは、磁歪が増し、透磁率が減少し、磁気ヘツド用として充分な特性が得られないので、三~七%の範囲内にする必要がある。

Siは合金組成の非晶質化を助成し、かつ耐摩耗性の増大に寄与する元素であるが二五%よりも多いときは非晶質合金とすることが困難でかつ合金を脆化するので、二五%以下にする必要がある。(同第四頁左下欄八行ないし一七行)

BはSiと同様合金組成の非晶質化を助成する元素であり、七%より少ないとき、あるいは三〇%より多いときには非晶質合金とすることが困難で、かつ合金を脆化するので、七~三〇%の範囲内にする必要がある。(同第四頁左下欄末行ないし右下欄四行)

Cr、V、Mo、W、Ti、Zr、Nbのうちから選ばれる少なくとも一種を一〇%より多くすると、硬度および電気抵抗は増すが保磁力が増大し、透磁率が低下するため高周派特性が著しく悪くなるから、一〇%以下にする必要がある。(同第四頁右下欄一九行ないし第五頁左上欄三行)

(三) 作用効果

(1) 機械加工によつてその磁性が殆んど劣化しない。(同第四頁右上欄一六行ないし一七行)

(2) Fe四・七%、Si一五%、B一〇%を含み残部実質的にCoよりなる引用発明のFe―Co―Si―B系非晶質合金……のリボン状試料を用いて種々な熱処理を施した後保磁力、残留磁束密度および最大透磁率を測定した結果、第2表(本判決別紙引用発明第2表)に示す如き特性を得た。(同第六頁右上欄一二行ないし一八行)

(3) 引用発明の合金例えば第2表合金番号二―一について高周波特性を測定した結果、第4図(本判決別紙引用発明図面第4図)(1)に示すように実効透磁率は一〇〇KHz付近までは変化せず、可聴周波数範囲内で優秀な性質を示すことが判る。また前記合金は第3表(本判決別紙引用発明第3表)合金番号一の電気比抵抗の欄に示す如く一四〇μΩ―cmと大きく、二〇~四〇μm程度の薄板の製造が容易なため磁気ヘツドとしての感度をより優れたものとすることができる。一方第4図には比較のために従来品(アルパーム)の実効透磁率を破線で示すが、引用発明品は前記従来品よりこの特性値をはるかに凌ぐものであることが判る。(同第八頁左上欄八行ないし一九行)

以上第3表合金番号一の引用発明の合金についてその特性の研究結果を述べたが、これらの特性の傾向は引用発明のすべての合金に共通している。(同第八頁右上欄一六行ないし一八行)

(4) 引用発明の急冷状態の非晶質合金は低焼鈍によつて保磁力は減少するが、磁場中焼鈍によつてさらに磁気特性を向上させることが判る。また磁場中焼鈍により六八〇〇Gの飽和磁束密度、五〇〇〇の初透磁率、九五〇、〇〇〇の最大透磁率と〇・〇〇六Oeの保磁力が得られたが、この特性は比較的低温の焼鈍により得られ、容易に劣化しない特徴がある。(同第九頁左下欄一八行ないし右下欄五行)

2 右事実によれば、引用発明は、Coを主成分とする磁歪が少なく耐摩耗性の大きい磁気ヘツド用非晶質合金に関するものであつて、特許請求の範囲第一項記載の構成の採用により、例えばFe四・七%、Si一五%、B一〇%を含み残部実質的にCOよりなる引用発明のFe―Co―Si―B系非晶質合金は、第2表(本判決別紙引用発明第2表)に示すごとき特性を有し、また、第4図(本判決別紙引用発明図面第4図)(1)に示すように、実効透磁率(Ieff)は五KHzから一〇〇KHz付近まで六〇〇〇前後(五〇〇〇と一〇〇〇〇の間)で変化せず、可聴周波数範囲内で優秀な性質を示すこと、特許請求の範囲第六項記載の発明は、原子比率でFe三~七%、Si二五%以下、B七~三〇%、Cr、V、Mo、W、Ti、Zr、Nbのうちから選ばれる何れか少なくとも一種を原子比率で一〇%以下を含み残部実質的にCoよりなる磁歪が小さく耐摩耗性の大きい磁気ヘツド用非晶質合金であり、発明の詳細な説明の欄には、「Cr、V、Mo、W、Ti、Zr、Nbのうちから選ばれる少なくとも一種を一〇%より多くすると、硬度および電気抵抗は増すが保磁力が増大し、透磁率が低下するため高周波特性が著しく悪くなるから、一〇%以下にする必要がある。」と記載されていることが認められる。

四 取消事由について

1 原告は、「引用例には「Nb」を添加した合金の具体例又は「Nb」を一〇%以下添加した場合の合金特性についての記載がなく、また「Nb」と同じ一群として記載された「V、W、Ti、Mo、Cr、Zr」を一〇%以下添加した合金の具体例はこれらの添加が「透磁率」その他の磁気的性質をかえつて低下させることを示している。」と主張する。

(一) 確かに、前記認定のとおり、引用例には、「Nb」を添加した合金の具体例又は「Nb」を一〇%以下添加した場合の合金特性についての記載がなく、また、第3表(本判決添付別紙引用発明第3表)には、実効透磁率についての記載はないものの、熱処理状態が磁場急冷の合金番号一、二のものと六、七、一二、一三のものとを比較すると、「V、W、Ti、Mo、Cr、Zr」を単独又は合わせて五%含有するものよりもそれらを含有しないものの方が初透磁率及び最大透磁率が高いことが示されている。

また、前記のとおり、引用発明は、先願発明に対し磁気的特性及び耐摩耗性の向上を図つたものであり、特許請求の範囲第六項記載のNb等の成分の添加も、先願発明に対し磁気的特性及び耐摩耗性の向上を図つたものであつて、これらを添加することによつて特許請求の範囲第一項記載の合金よりも磁気的特性や耐摩耗性の向上を図つたものではないから、引用発明の特許請求の範囲第六項記載の合金において、選択成分として「Nb」が記載されていても、実効透磁率が特許請求の範囲第一項記載の合金よりも高くなることを示唆したものではない。

しかしながら、前記のとおり、引用発明は、先願発明に対し磁気的特性及び耐摩耗性の向上を図つたものであつて、特許請求の範囲第一項記載の合金の実効透磁率は、可聴周波数範囲内で優秀な性質を示すほか、右特性は引用発明のすべての合金に共通していること、及び特許請求の範囲第六項記載の発明も右目的を達成するためのひとつであり、Nbを含有させる理由として、引用例の発明の詳細な説明の欄に、「Cr、V、Mo、W、Ti、Zr、Nbのうちから選ばれる少なくとも一種を一〇%より多くすると、硬度および電気抵抗は増すが保磁力が増大し、透磁率が低下するため高周波特性が著しく悪くなるから、一〇%以下にする必要がある。」と記載されていることからすれば、Nbは磁気的特性及び耐摩耗性の向上を図る有効な成分であるが、その含有量が一〇%を越えると実効透磁率に悪影響を与える成分であると解され、したがつて、Nbはその含有量が一〇%以下の場合には、特許請求の範囲第一項の発明と同様、高い実効透磁率をもたらすものと解される。

(二) 一方、本願発明は、前記のとおり、実効透磁率及び保磁力などの磁気的特性及び硬度などの機械的特性について広範囲の組成比に亘つて優れた性能を有し、特にFe含有量を三~八%とした実施例一ないし四では、一層磁気的特性及び機械的特性が改善されることが認められるが、本願発明の特許請求の範囲第一項の場合は、Nbが〇・五%ないし一〇%であつて、しかも、CoとFeの少なくとも一種を含有すればよく、その比は特に限定もないという広い範囲のものであるから、実効透磁率においてさほど顕著な効果を示していない第1表(本判決別紙本願発明第1表)実施例五ないし一二の場合を含むことはもとより、(Fe0.06Co0.94-aNba)75Si10B15においてaの値が〇・〇八、すなわちNb含有量に換算して約八%を超えると、実効透磁率はNbを含有しない場合よりも低下すること、また、第3図(本判決別紙本願発明図面第3図)において、Nbが〇%の場合には、引用例の特許請求の範囲第一項記載の合金と同じ組成になり、この場合は実効透磁率が三〇〇〇以上の組成を含むから、本願発明のうち五〇〇〇の値を示す曲線に囲まれた範囲の組成のもの(Co八七~九四%、Fe四~七・五%、Nb〇・五~六・五%)については引用例の特許請求の範囲第一項のものに比べて顕著な差異が認められるが、その他の組成の範囲のものについては、格別顕著な効果を奏するとは認められない。

右事実によれば、引用発明と比較して本願発明のうち実効透磁率について格別顕著な効果を奏すると認められる範囲は、Co八七~九四%、Fe四~七・五%、Nb〇・五~六・五%の実効透磁率が五〇〇〇の値を示す曲線に囲まれた範囲の組成のものだけであつて、その他の組成の範囲のものについては、格別顕著な効果を奏するとは認められず、したがつて、本願発明において、Nbを添加することが磁気的性質の改善を目的とするものであるとしても、引用発明と対比して実効透磁率が顕著な効果を奏するのは、本願発明の特許請求の範囲の一部でしかなく、全体として引用発明に比して格別優れた磁気的特性を有するとはいえず、一〇%以上添加すると硬度は増すが、実効透磁率は低下することとなり、引用発明においてNbを選択した場合と同じである。

(三) したがつて、本件審決が、「磁気的性質の改善を目的として一〇%以下添加する成分が、引用例の非晶質合金においてNbを選択した場合においては軌を一にする合金と認められる。」と認定判断したことに原告主張の誤りはない。

2 原告は、「本件審決は、引用例の特許請求の範囲第六項に列挙された各成分が通常共通の性質を示すものとして一群として取り扱われるような特別事情がないにもかかわらず、具体的特性の示されていない「Nb」を他の成分の特性から同等の特性が得られるであろうと類推解釈し、その結果「Nb」のみが有する顕著な「実効透磁率の改善」作用を看過してなされたものであつて明らかに事実を誤認したものである。」と主張する。

しかしながら、Nbを添加することによつて顕著な「実効透磁率の改善」が奏される場合があるものの、その組成範囲が限られていることは、前記1に認定したとおりであり、また、特許法第二九条にいう刊行物に記載された発明は、当業者がその刊行物をみれば容易に実施し得る一定の発明が記載されていればよく、必ずしも具体的な実施例により裏付けされた発明でなければならないものではない。

したがつて、本件審決が、「引用例の記載事項として前記したとおり、Nbを含む一群の成分は磁気的特性、特に透磁率の低下、保磁力の増大、さらに硬度の増大という共通的作用をもたらす一群の成分としての認識のもとに、その磁気的、機械的性質の変化に基づいて添加量を一〇%以下としたものと認められる。」と認定判断したことに原告主張の誤りはない。

3 また、原告は、「Nb」の添加量を限定した理由について、本願発明と引用発明とでは、「両者の限定理由の内容は明らかに相違している。」旨主張する。

前記のとおり、確かに、本願発明には「Nb」の添加量を限定した理由について、添加量が上限及び下限を外れた場合の問題とともに、「〇・五~一〇原子%」の範囲で添加した場合の効果が記載されているのに対し、引用例の特許請求の範囲第六項の成分が上限を外れた場合しか記載されておらず、両者の限定理由についての記載は相違しているものの、Nbの含有量を限定した技術的理由をみると、本願発明においては、「〇・五原子%未満では実効透磁率の増加保磁力減少という効果が得られず、一〇原子%を越えると、非常に脆くなり実用上使用困難となり、さらに実効透磁率の急減および保磁力の増加の原因となる」との記載から明らかなとおり、実効透磁率、保磁力などの磁気的特性及び硬度などの機械的特性の向上を図るものであり、一方、引用発明においては、「一〇%より多くすると、硬度および電気抵抗は増すが保磁力が増大し、透磁率が低下するため高周波特性が著しく悪くなるから、一〇%以下にする必要がある。」との記載から明らかなとおり、硬度、電気抵抗及び透磁率の増大並びに保磁力の減少を目的とするものであるから、実質的に同じであると認められる。

したがつて、本件審決が、「本願発明において、Nbの含有量を〇・五~一〇%と限定した技術的理由をみると引用例の記載となんら異なるところはない。」と認定判断したことに原告主張の誤りはない。

4 以上の説示から明らかなとおり、引用例の特許請求の範囲第六項には、Nb等を含有する非晶質合金が記載され、またその明細書にはNb等の含有量が一〇%以下とする必要について記載されているから、Nb等の元素の中から、磁気ヘツド用非晶質合金の透磁率特性と、その硬度及び電気抵抗向上作用の双方を勘案し、特定の目的に合致した元素を選択することは、格別の創作力を要することなく、当業者であれば実験的作業で容易になし得るものであり、その結果、Nbが透磁率特性に最も好ましい影響を与える元素であることが判明したとしても、その効果は引用発明と比して格別顕著であるとも認められないから、引用例の記載から透磁率特性に最も好ましい影響を与える元素としてNbを選択すること自体は、当業者であれば容易になし得たことといわなければならない。

したがつて、本願発明は引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとした本件審決の判断に原告主張の誤りはない。

五 よつて、本件審決の取消しを求める原告の請求は理由がないから棄却することとする。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

1 (T1-aNBa)1-bXb

ただしTはFe、Coの少なくとも一種

XはB+Siの混合系

(なおSiは二五原子%以下)

aは〇・〇〇五~〇・一〇

bは〇・一五~〇・三五

からなることを特徴とした優れた実効透磁率を有する非晶質合金。

2 特許請求の範囲第一項においてT=Fe+Coとし、Feの含有量をCo、Fe、Nb合計量の三~八原子%としたことを特徴とする優れた実効透磁率を有する非晶質合金。

〔編注2〕本件における図面及び表は左のとおりである。

別紙 本願発明図面

<省略>

<省略>

<省略>

別紙 本願発明第1表

<省略>

別紙 引用発明図面

<省略>

(他は省略)

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